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 千妙寺は、平安時代に慈覚大師円仁(794~864)によりの開創。
観応2年(1351)に亮守が現在地、筑西市黒子に中興開山したことに始まり、天台宗三昧流の関東の拠点として、
さらには、伝法灌頂(でんぽうかんじょう)道場として栄え、盛時には末寺・門徒寺が七カ国に600余か寺にも及んだ。

その後、総本堂総(通称釈迦堂)は天正11年(1583)に落慶したが享保13年(1728)12月に将門の乱の兵火によって
焼失したが元文3年(1738)に復興して現在にいたる

 建物は、建物は江戸時代建築の特徴を残し方五間、入母屋造りの唐破風付一間向拝で銅板葺とし、
外陣入口の双折両開桟唐戸(もろおれ りょうびらき さんからと)となっている。

そして、寺内には
銅五鈷杵 
銅鈷鈴  
絹本著色毘沙門天二脇侍像 
絹本著色刀八毘沙門天星宿像 
絹本著色馬形護法童子像
茅屋山水蒔絵硯箱 
絹本著色護法童子像 
絹本著色日吉山王曼荼羅
等が納められている

尚、絹本著は京都画僧 吉山明兆 作で
室町初期の東福寺の画僧。淡路島に生まれ,若くして同地の安国寺に入り,
大道一以(1289‐1370)の弟子となり,師より吉山(きつさん)明兆の道号と法諱(ほうき)を授けられた。
安国寺において画ばかり描き禅の修行をおこたったので,師から師弟の縁を切られ,
大道に捨てられた破れ草鞋(わらじ)にたとえ,自ら〈破草鞋(はそうあい)〉と号し,
後に〈破草鞋〉の印章を用いた。その後,彼の画才が認められ,大道和尚に従って東福寺にのぼり,
終生,堂守の殿司(でんす)の職にあり,〈兆殿司〉と呼ばれ,画僧として活躍した。 画僧が描いたものである

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茅屋山水蒔絵硯箱

やや長方形、被蓋造り削り面取りの箱で、内に水滴(欠失)と長方硯をはめた硯台付敷板と、左右に大小の懸子を納めています。
蓋表は、高蒔絵及び切金を交えて茅屋山水の風景を、蓋裏に高蒔絵で秋草に岩と流水を描いています。
室町時代以来の伝統様式を守った江戸初期の精緻な作例です。
by なぬし 2013/11/17(Sun)13:08:53 編集
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