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天慶年間(938-948)、藤原秀郷が平将門追討のために湿地帯の中に立つ南北に長い台地に3つの城砦群
三館・上の館・中の館・下の館を築いたことから
北から

上館(下館市樋口)
中館(巣も伊達市中館)
下館(下館市下館)

と名付けたのが地名の起こりで、文明10年(1478年)藤原秀郷 の流れをくむ一族。室町時代に下総結城氏の客分となった水谷伊勢守勝氏が結城氏広から下館領を与えられ築城しその後
二代水谷勝国。下館城主。勝氏子
三代水谷勝之。下館城主。勝国子
四代水谷勝吉。-永禄十一年(1568)。下館城主。佐竹氏、宇都宮氏との合戦でも戦功があった。勝之子
五代水谷治持。元亀二年(1571)。下館城主。真壁氏を誘い結城政勝と同盟に尽力
六代水谷(みずのや)正村。大永四年(1524)-慶長三(1598)。結城家臣。下館城主。政村。蟠龍斎(はんりゅうさい)。武勇に優れたことから主君・結城政勝の娘婿となり、「結城四天王」の一人となった。また、宇都宮氏との戦いでいくつもの戦功を挙げる。天正十三年(1585)の下野国田野城攻略では、城主羽石時政が最後の突撃を仕掛けた時にそこに居合わせた蟠龍斎と時政の間で一騎討ちとなり、蟠龍斎がこれを討ち取ったと伝えられている。秀吉関東平定後は結城氏から独立し下館藩の基礎を築く。治持嫡男
七代常陸下館藩三万二千石。初代水谷勝俊之墓。水谷治持二男、実兄水谷正村の嗣となる
八代常陸下館藩三万二千石。二代-備中成羽藩五万石。-備中松山藩五万石。初代水谷勝隆。勝俊長男

と長きに渡り結城藩から分立後下館が最も栄え、そのまま戦後周辺市町村を吸収して市制施行した為市名は下館となった。


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